多くの万葉人に愛された場所で、万葉人が幾多の歌を詠んでいます。 『若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る』山部赤人の『潟を無み』にちなんでいるといわれています。
紀州藩主・徳川治宝が造らせた石組のアーチ橋。徳川家が紀州東照宮に参拝する際に、「おなり橋」として渡りました。
紀州藩祖・徳川頼宣により南海道の総鎮護として元和7年(1621年)に創建されました。 青石を敷きつめた参道を通り抜けると目の前に108段の『侍坂』があり、それを登りつめると朱塗りの楼門があります。
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